ファミ通文庫WEB/キミは一人じゃないじゃん、と僕の中の一人が言った

↑作品紹介試し読みの他、キャラの立ち絵もあります

著者 比嘉智康

彼女の想いを知った後、きっともう一度読み返したくなる───
比嘉智康×はっとりみつるが贈る、純度100パーセントの恋愛ストーリー
(公式HP他より引用)

あらすじ
「また多重人格ごっこして、くれないかな?」高校で再会を果たした一色華の実は、囚慈(僕)、θ郎、キイロの三人がかりで生きているチーム市川櫻介にそう告げた。
そして、華の実は昔考えたみんなの夢を叶えていきたいと言う。
僕達以外の誰かに、囚慈として扱われる不思議な感覚の中で、僕は自然と華の実を好きになっていった。
でも、知らなかったんだ。君がどんな思いで、その提案をしていたかなんて…。
不器用な二人の、純度100%の恋愛ストーリー
(KADOKAWA公式より引用)



【結末ネタバレを避けた紹介】

上を向いて歩こう 涙がこぼれないように
思い出す 春の日 一人ぽっちの夜

(坂本 九/『上を向いて歩こう』より)

2007年、『ギャルゴ!!!!!地方都市伝説大全』にてデビューを果たし、その後も『神明解ろーどぐらす』シリーズなどを執筆した比嘉智康先生の最新作。

一つの身体に囚慈、θ郎、キイロの3つの人格を宿す、『チーム市川櫻介』
高校へと進学した彼らは、小学生時代共に「多重人格ごっこ」遊びをしていた少女、一色華の実と再会を果たす。
彼女に誘われてあの頃のように「多重人格ごっこ」をすることになる囚慈たち。
繰り返す日々の中で徐々に華の実に惹かれていく囚慈。
ただ、華の実は囚慈に言えない秘密を抱えていて───?

多重人格×多重人格(?)が繰り広げる、新感覚、そして切ないラブストーリー。

【結末非ネタバレ感想】

『ギャルゴ』『ろーどぐらす』で魅せた、軽妙でテンポのよい会話劇、そして抜群の伏線回収力。
序盤から挟まれる何気ない会話の中に伏線を張り巡らせ、終盤に怒涛の伏線回収で読者にカタルシスを与える比嘉先生の文章力は相変わらず。

本作品は『ギャルゴ』『ろーどぐらす』終盤のような燃える展開こそ無いものの、その分のパワーを『泣ける』方面に全力で振ってきましたね。
イラスト担当のはっとりみつる先生の素敵な表紙も相まって泣ける一冊に仕上がってます。
ドタバタとした日常からの泣けるクライマックスという点ではKeyのノベルゲームのような作品が好きな人に特にオススメしたいです。

本編の語り部であり、音楽を愛する少年の囚慈(しゅうじ)
頭脳担当で「カッカッカ」という気持ち良い笑いの似合うべらんめえ口調のθ郎(しーたろう)
『チーム市川櫻介』の紅一点、運動神経抜群で天真爛漫、ちょっとおバカなボクっ子のキイロ。
いつも3人で脳内会話をしてる彼らの日常の賑やかな事!
どんな些細なことでも3人一緒で楽しめるって羨ましいなぁ。お小遣いや遊ぶ時間も3人で分けるのは大変だろうけども…

そしてヒロインである一式華の実(いつしきかのみ)の4つの人格も個性的
4つの人格の中で、2歳幼い甘えん坊の春雨
ちょっと古風なヤンキーの夏目
セクシー担当、大人のお姉さんな千秋
2mという個人空間絶対死守な冬月

比嘉智康先生の得意とする、個性豊かなキャラたちが繰り広げる会話劇。
会話の掛け合いや伏線回収の見事さといった比嘉節をこれでもか!と味わえる一冊で比嘉作品デビューにうってつけの一冊です!オススメ!!

てきてよ。

【ネタバレありの感想】
例によってネタバレ感想をこの下に書きますんで、未読の方はここでブラウザバック推奨。



















































はい、というわけでいきますよネタバレ感想。


て き て よ

生 ま れ て き て よ か っ た

いや…比嘉先生。泣きますよあんなの…。

終盤、ついに囚慈と華の実が結ばれてからの展開がもう卑怯です。
付き合いたてのカップル特有の甘い空気の中生まれてくる様々な略語。
『ろーどぐらす』既読ファンへのサービスとして登場した「うむにゅ」とかさ…。
「こういうファンサービス嬉しいな~」ぐらいの感じで読んでましたよ。

それが、春雨の叶えたかった夢を囚慈が既に叶えてあげていたという展開に持ってくるのほんとズルい。
人生で最も泣ける平仮名四文字ですよ?「てきてよ」って文字だけでウルっときます…。

中盤、華の実と再会したときにキイロが「かつて華の実の中にあった4つの光=人格」が一つになっていることに気が付いたシーン。
あそこは初見だと完全にひっかかりました。
4つの人格全てが消えてしまっていて、目の前の少女は華の実本人であると錯覚しました。
その後の夜の小学校での「囚慈鬼」のくだりで何となく気が付きましたけども。

タイムカプセルを掘り返すシーンでθ郎が「まるで埋めたばかりの場所を、掘り返してるみてえにサクサクだな」と言うシーンや、過去に賞状の束を女子トイレに投げ込むシーンなど伏線も要所に仕込まれていましたね。
何より冒頭から登場していた「赤い布地のダブル四分音符」ですよ!
プロローグで華の実が作っていた「フェルトを使ったサクランボ」がクリスマス会でチーム市川櫻介の手に渡り、その出来事がきっかけで小学生の華の実が救われる展開が大好きです。
θ郎のように勉強ができるわけでもない、キイロのように運動で活躍できるわけでもない、ただの音楽好きな囚慈少年が誰よりも先に華の実の心を救っていた展開に泣きました。

チーム市川櫻介の「表層」「観覧席」という表現も良かったですね。
それぞれが得意な分野の時に「表層」に出て活躍、勉強や運動以外の分野───例えばダンスで疲れた状態で自転車に乗って帰宅する囚慈の優しさが感じられるシーンが好きです。
ラーメンを食べるときや運動後の一番美味しくコーラを飲めるタイミングを3人で仲良く「表層」を切り替えて楽しんでいるシーンの描写も良かった。

そして「タバスコを思い出せ!」といった3人共通の思い出を囚慈が読者に説明していく語り口が面白かったですね。
一つ一つの思い出を3人で共有している、そんな仲良しチーム市川櫻介の活躍をまだまだ見たいなぁというのが素直な感想です。
あとがきで触れてた「恋をしたθ郎の物語」とかめちゃくちゃ読みたいです。
笠地蔵事件で触れていたθ郎の理想の女性とか登場してたんだろうなぁ…。
電子書籍の自費出版とかさ…、それこそファミ通文庫の10倍の値段でもいいから読ませてくださいお願いします…!!!

っと、脱線気味なので感想に戻りましょう。

終盤、ついにカップルとなった囚慈と華の実(春雨)の甘々としたイチャイチャが良かったですね。
二人だけでゲラゲラ笑っちゃうような略語がどんど産まれてくとか、随所に高校生カップルらしさがよく描けていたと思います。
それだけに最後のデートで真実を知ってしまった時の衝撃といったら。
終わりが来ることを知っていたからこそ、少しでも楽しい日々が過ごせるよう影ながら後押ししてくれていたθ郎とキイロがいい奴らすぎる。

春雨と囚慈の最後のひと時が特に泣けるんですよ。
大好きなシュウジお兄ちゃんと過ごす最後のひと時なのに、これから目覚める華の実のためにこれまでの経緯をゆっくりと語る春雨。
明かされる冬月、夏目、千秋の最後。
華の実に守られながらチーム市川櫻介との幸せな日々を過ごした彼女たちが、今度は華の実の為に自らを犠牲に、彼女が戻りたくなるような日々を目指す。
華の実を取り巻く辛い現実の中で一人、また一人と消えていく彼女たちの姿を想像してここら辺からずっと泣きっぱなしでした。

そして春雨が全てを語ったあとに、語り部は再び囚慈に。

『春雨、きみは今、ずいぶん眠そうだね。』

↑この一文で胸が苦しくなりました。

そこから語られる、かつて囚慈が華の実の心を救った出来事。
どんどん近づいてくる、終わりの瞬間。
必死に眠気に抗う春雨と、それを救いたい囚慈から伝わってくる無力感。
春雨が最後に囚慈へすっごい数の「好き」を伝えられなかったシーンで号泣です。
というかこれ書いてる今も思い出して泣きそうになってるぐらい、心を抉られたシーンです。
それほどまでに、残酷で、美しいシーンでした。


春雨が消えてしまった後の、θ郎とキイロが全力疾走して家へ向かう場面も泣けますね。
自分には何もできなかったと悲しむ囚慈に、「それは違うよ。囚慈は春雨を救えたんだよ」と伝えるために春雨の夢を書いた折り紙を一秒でも早く見せるために走る。
全力疾走に身体が悲鳴をあげているのに、苦しくて仕方ないのに、θ郎とキイロがステージを入れ替わりながら根性で必死に走るこのシーンが僕は大好きです。

そして明かされる、春雨の夢。

きえていなくなるまえに うまれてきてよかったとおもいたい

( ;ω;)春雨えええええええええええええええええええええええええええ!!!

何度も何度も二人が繰り返し言ってきた「てきてよ」がここでぶっ刺さるんですよね。
ホントこの展開に痺れましたわ…。比嘉先生、一生ついていきます…。



そしてエピローグ。

目を覚ました一色華の実と再会するチーム市川櫻介。
残念ながら本作において、どのような会話があったのかは描かれませんでしたが、きっと彼女は笑顔を取り戻したんだと思います。
だって、比嘉智康作品ですし。
華の実ちゃんの今後にどんな物語が待ち受けているかはわかりませんが、きっと幸せになれると思います。
春雨たちが頑張って辿りつくことが出来た未来なんですもの。


場面は再び移り変わって、最後はチーム市川櫻介が心地よい春の夜に散歩するシーンで終わります。

坂本九の一人ぽっちの夜を口ずさむ囚慈に、「いつだって三人ぽっちの夜だからよ」と笑うθ郎。
それにつられて笑いだす囚慈とキイロ。

春雨との別れという悲しみを乗り越えて、3人はこれからも笑っていけるんでしょうね。
切ないけど、優しい素敵な終わりでした。

長々と感想書いてみましたが、やっぱりいい作品ですね。

あとがきに比嘉先生の作者としての悔しさがたっぷりと書かれています。
どうにか、閉ざされたスニーカーの箱を開いて、まだ見ぬ世界を僕たちに新たな作品を読ませてほしいですね。
比嘉先生の作品はこんなにも面白いんだぞ!と声を大にして世界に伝えたい。
これからも比嘉先生の色んな作品が読みたいな。
そして読み終えるたびに、こう言いたいなと思うなんぶなのでした。

てきてよ。